大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)545号 判決 1985年9月09日

原告

増島達士

被告

小川力

主文

一  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一九日から完済まで年五分の金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一九日から完済まで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和五五年五月三一日午後一一時過ぎごろ、千葉県船橋市西習志野一丁目六番一三号付近の道路上(習志野台方面より芝山方面に向かう幅員約五メートルの歩車道の区別のない舗装道路が幅員約三メートルの非舗装道路と丁字状に交差する付近。以下、「本件事故現場」という。)において、増島新夫(以下「新夫」という。)が歩行中、被告の運転する原動機付自転車(以下「被告車」という。)に衝突されて倒れ(以下、この交通事故を「本件事故」という。)、そのため新夫は頭蓋内血腫、舌部裂傷、左側頭骨骨折の傷害を負い、その結果、新夫は同年六月一日午前九時五三分千葉県鎌ケ谷市道野辺七四五所在の倉本病院において、右各傷害のほか嚥下性肺炎を原因とする呼吸停止・心停止により死亡した。

2(一)  被告は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により後記の損害を賠償する責を負う(主位的責任原因)。

(二)  被告は、本件事故現場において、前方不注視のまま被告車を運転走行させた過失により、若干の飲酒の後とは言え泥酔していたわけでもなくほぼ正常に歩行をしていた新夫の正面ないし側面から被告車を衝突させたことにより、新夫を受傷させ死亡するに至らせたのであるから、民法七〇九条及び同法七一一条により後記の損害を賠償する責を負う(予備的責任原因)。

(三)  なお、被告車が新夫に衝突したことは、(1)被告が本件事故の直後に救急車により新夫を倉本病院まで運んだこと、(2)前記の受傷の状態等からして他に原因が考えられないこと、(3)被告ないし被告の父が本件事故後の間もない時期に原告に対し後記被告主張のとおりの金銭を支払つたこと等からも認められるところである。

3(一)  新夫は、明治四〇年生まれ(当時七三歳)で、当時無職であり、千葉県船橋市西習志野二丁目一番九号平和荘内で一人暮らしをし、相続人としては二男の原告のほか、三男正明及び三女暉子がある。

(二)  原告は、昭和二〇年生まれで、新夫の二男であり、約一五年前までは新夫と同居していたが後に別居したものの、しばしば新夫と会つていた間柄である。現在は病気のため殆んど視力を失つており、生活保護を受けつつ長女と生活している。

(三)  被告は、本件事故直後は自己の責任を認める態度を示しながら、その後は責任を否定しており、誠意がない。

(四)  したがつて、新夫は本件事故に基づく死亡慰藉料として金一二〇〇万円を取得したので、原告は相続分三分の一に相当する金四〇〇万円を承継取得したところ、本件事故につき自賠責保険金六二三万〇一〇〇円の支払があり原告はその三分の一の金二〇七万六七〇〇円を受領したので、右金四〇〇万円からこれを差し引いた残額中金一〇〇万円を被告に対して請求する。

(五)  原告は、本件事故により父である新夫を失つたので、これによる原告固有の慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

よつて、原告は被告に対し慰藉料合計金三〇〇万円及びこれに対する本件事故の後で本件訴状送達の翌日である昭和五六年六月一九日から完済までの民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否、主張及び抗弁

1(一)  請求原因1の事実は、被告車が新夫に衝突したこと、新夫の受傷の程度及び死因は争うが、その余は認める。

(二)  請求原因2(一)及び(二)は、被告が被告車を保有し、これを運転して自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

(三)  請求原因3の事実中、新夫が当時七三歳の老人で無職であつたこと及び原告が自賠責保険金二〇七万六七〇〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。

2(一)  被告は、本件事故現場付近の舗装道路中央付近を芝山方面に向かつて時速約二〇キロメートルで被告車を運転走行し前方丁字路の約二〇メートル手前に差しかかつた時、丁字路の右端に立つている新夫を発見したが、動く様子がなかつたので直進した。そして、丁字路の手前約一〇メートルの地点に差しかかつた時、新夫が突然ふらふらと道路中央に向かつて歩き出したので、被告は咄嗟にブレーキをかけハンドルを左に切り、更に被告車と新夫との接触を避けるためハンドルを右に切つたところ、新夫は、上体を道路中央に向けたまま、よろよろと二、三歩後退し丁字路の中央付近にばつたりと仰向けに倒れ、被告車は新夫と接触することなく、新夫の手前約三〇センチメートルの地点に停止した。

(二)  右のとおり、被告車は新夫に全く接触していないのであり、被告が通りがかりの自動車の運転手に救急車を呼んでもらい新夫を倉本病院に運んでもらつたのは人道上の措置に過ぎないし、新夫が被つたという傷害も被告車との接触に起因するとは即断できず、また、被告及びその父が後記のとおり原告に支払をしたのも法律上の責任とは別に好意的にしたまでのことである。したがつて、新夫の受傷及び死亡は、被告の行為と因果関係がなく、被告車の運行によつて生じたものでもない。

3  仮に、被告に何らかの責任があるとしても、新夫にも過失があつた。すなわち、新夫は本件事故当日の午後七時過ぎから一〇時四〇分ころまで飲食店ことぶき(船橋市芝山六丁目二)においてビール一本と日本酒銚子三本を飲んでから同店を出た。新夫は酒に強い方ではない。同店から本件事故現場までの歩行距離約五八〇メートルであるが、本件事故現場は帰宅順路から大きくはずれているし、新夫が道路を横断しようとした進行方向も自宅方向ではなく、右横断開始の際に左右の安全確認もしていない。このように、新夫は老齢で泥酔しているのに深夜に住宅街の暗い路上を安全確認もすることなく徘徊していたのであるから、その過失は極めて大きい。

4(一)  新夫が死亡したことにより本人が取得すべき慰藉料額は、新夫が老齢で配偶者もなく子らとも別居しているような状況に鑑みると、金六〇〇万円ないし金九〇〇万円が相当である。

(二)  死者本人の慰藉料のほかに相続人固有の慰藉料を請求するのは、慰藉料の二重取りであつて、許されない。

(三)(1)  被告は昭和五五年六月二日原告に対し香典として金五万円を支払つた。

(2) 被告の父小川与一は右同日原告に対し、(イ)医療費として金二三万七七五〇円、(ロ)葬儀費として金五八万七五〇〇円、(ハ)香典として金三万円、(コ)お布施等として金二〇万円を支払つた。

(3) 自賠責保険金二〇七万六七〇〇円を受領したことは原告の自認するとおりである。

したがつて、右(1)ないし(3)の各金員は、損益相殺として、原告の請求額から控除するべきである。

第三証拠関係は、記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりである。

理由

一  請求原因1及び2の事実中、昭和五五年五月三一日午後一一時過ぎごろ本件事故現場において被告がその保有する被告車を運転しこれを自己のため運行の用に供していたところ歩行者である新夫が倒れて受傷し翌六月一日午前九時五三分に倉本病院で死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  新夫の右受傷程度及び死因について検討するに、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証、成立に争いのない甲第七号証、第一一号証、第一五号証、第一七号証、第二二号証と被告本人尋問の結果の一部によれば、新夫は前記の日時に本件事故現場で仰向けに倒れ頭部を強打して意識不明となり、救急車で倉本病院に運ばれ手当てを受けたが、左側頭骨骨折、頭蓋内血腫、舌部裂傷等の傷害を負い、右傷害(特に頭蓋内血腫)及び併発した嚥下性肺炎を原因として死亡したことが認められる。

そうして、成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、第一二ないし第一四号証、第一六号証、第一八号証、第二〇、第二一号証、第二三号証、原告及び被告(但し一部)各本人尋問の結果によると、被告は被告車を運転して本件事故現場の習志野台寄りの道路中央付近を時速約二〇キロメートルで走行中、前方約二〇メートルの丁字路右側に佇立している新夫を発見し、そのまま走行を続けたところ、新夫が被告車に気付く様子もないまま進路前方の道路内に入つて横断を開始したのを前方約一四メートルに認め、一旦ハンドルを左に切つて新夫の前を通過しようとしたものの、今度は新夫の後方を通過しようと速度を若干落とした程度でハンドルを右に切つて進行したところ、新夫が横断を中止して急に後退したのに至近距離で気付き、急拠制動措置をとつたけれども間に合わず、被告車の前部を新夫に衝突させて路上に転倒させ、これにより新夫に前記の傷害を被らせ、かつ、これを原因として新夫を死亡するに至らせたことが認められ、被告本人の供述中右認定に反する部分は信用できない(なお、右事実は、被告に対する業務上過失致死被告事件の判決においても同様に認定され、その判決は控訴・上告の申立てを経て確定している。)。

そうすると、被告は自賠法三条により、新夫の死亡に伴う損害を賠償する責を負わねばならない。

三1  前項掲記の各証拠によれば、本件事故は、被告が遅くとも道路の横断を開始した新夫に気付いた時点において、衝突等を避けるため直ちに十分減速し、新夫の横断終了を待つなどの注意義務があつたのに、これを怠つたことに起因して発生したと解されるところ、新夫も、深夜とは言え、左右からの自動車等の往来の有無を確認することなく突然横断を開始したものであるうえ、原本の存在と成立に争いのない乙第一号証によつて認められるとおり新夫は近くの飲食店でビール一本及び日本酒三合を飲んだうえで深夜の道路を一人で歩いていたもので、原告本人の尋問結果により認められる新夫の年齢(当時七三歳)及び健康状態(神経痛等のため足がやや悪かつた)等をも考慮に入れると、新夫の横断開始及びその後の前進・後退の動きは、歩行者としての注意に欠ける点があり、損害の算定上斟酌せざるをえない。

2  前記甲第一八号証に、成立に争いのない甲第三号証と原告本人尋問の結果によれば、当時七三歳であつた新夫は無職で船橋市西習志野二丁目のアパートで一人暮らしをし生活保護を受けていたこと、新夫の相続人としては二男の原告のほか姉と弟がいること、原告は病気のため入院を繰り返しているが、視力は殆んどなく、無職で生活保護を受け、以前は新夫と同居したこともあつたが現在は娘と共に暮らしていること、新夫と日常接触しているのは主に姉であり、原告は時々新夫と会うことがある程度であること、姉は新夫の死亡につき被告に対して損害賠償を請求せず、弟は養子に行つており新夫とは接触がないこと、本件事故の後、倉本病院において被告及び被告の父が原告に対して丁重に謝罪したところ、原告は「起きたことはしようがない。前途ある青年だし、そんなにくよくよしないでいいですよ。」と答えたこと、被告及び被告の父は新夫の通夜及び葬儀にも参列したことが認められる。

また、被告が昭和五五年六月二日の葬儀の際、原告に対し香典として金五万円を支払い、被告の父が同日原告に対し、医療費金二三万七七五〇円、葬儀費金五八万七五〇〇円、香典金三万円、お布施等金二〇万円を支払つたこと及び本件事故につき自賠責保険金二〇七万六七〇〇円が原告に支払われたことは、いずれも当事者間に争いがない。

3  以上の事実を総合すると、本件事故により新夫が取得した慰藉料額は、過失相殺をも行うと、金六〇〇万円が相当であり、このうち原告が相続によつて承継取得するのは三分の一の金二〇〇万円であるところ、右金額は原告が受領ずみの自賠責保険金によつて填補された。

原告は、民法七一一条に基づき自己固有の慰藉料をも請求するので検討するに、上記認定の諸事情を勘案すると、右慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当とする。

四  以上のとおりで、原告の請求は、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一九日から完済までの民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 友納治夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例